●本稿はエントロピー学会第25回シンポジウム(2007/10/13-14,新潟市・新潟大学教育人間科学部)の発表予稿をHTML版にして転載したものです.
PDF版(2011/04/04公開;一部画像をカラー版に差し替えました)


ウェブ上での環境情報・危機情報発信の実践について

県立新潟女子短期大学  本間善夫
honma@muf.biglobe.ne.jp


1. はじめに
 1992年9月に日本最初のホームページ[1]が公開されてから15年経ち,近年のブログやWikipediaなどの多様なツール登場と携帯電話からの利用急増により見るウェブから参加するウェブに様変わりして,「知の集積」が加速している。  演者は1996年7月に開設したWebページ「生活環境化学の部屋」[2]において,化学教材や様々な環境問題を取り上げ続けており,環境ホルモン(内分泌攪乱化学物質,1997〜),化学物質過敏症(1999〜),BSE(2001〜),温暖化(携帯版は2002〜),鳥インフルエンザ・新型インフルエンザ(2004〜),アスベスト問題(2005〜)など次々とクローズアップされる私たちの生活を脅かすテーマについて,画像やインタラクティブなコンテンツを掲載しニュースや関連サイトへのリンクなどを集積することでその本質を理解できるよう活動している[3]。
 特に環境ホルモンについては,当時すでに海外に集積されていた情報等も参考に,疑われている化合物の分子モデルをブラウザ上で動かして参照できるようにしたこともあって,多くのサイトからリンクされ書籍でも紹介されるなど,自作サイトを知ってもらう上で大きな役割を果たした。また,化学物質過敏症(シックハウス,シックスクール)などでは,被害者からメールが届くなど人と人を繋ぎ情報を共有する装置であるインターネットの役割を実感している。

2. 環境ホルモン問題の情報発信を例に
 化学物質による環境問題の中で象徴的な水俣病が熊本・鹿児島の経験が活かされずに新潟でも発生し,現在に至っても解決されていないばかりか,世界中に拡がっているという現実を見てわかるように,多くの問題は継続して見守る必要がある。また,原因究明(水俣病では有機水銀発生のメカニズム解明はずっと後になってのことである[4])や治療などでその時代の科学の限界やそれ以外の多くの要因を認識しておかなければならない。さらに,化学物質の環境中への拡散と生物濃縮,胎盤通過性など多くの教訓を与えたことも再確認しておきたい。
 環境ホルモンの問題もそれらのことを踏まえて調査・研究の進展を見守り続ける必要がある。国内では1997年5月17日のNHKの科学番組がきっかけとなって大きな反響が巻き起こり,環境省の「環境ホルモン戦略計画SPEED'98」(当時環境庁)でリストにあげられた化学物質については実験した範囲内ではヒトへの影響は考えられないとして, 2005年3月の「化学物質の内分泌かく乱作用に関する環境省の今後の対応方針について ExTEND 2005」においてそのリストが取り下げられて今後はより広範な化合物について研究が続けられるとされた。
 しかし,新規化合物の合成は続けられ大量生産された多くの合成化学物質が身近に存在することは事実であり,最近中国製品からいろいろな有害物質が検出されて社会問題になったり国内でも食品偽装等が続くなど,安全を最優先する風潮が広まったとはとても思えない。2007年にもフランスのローヌ川では魚がPCBで汚染されて食用禁止になり[5],日本では母乳から塩素・臭素化コプラナーPCB(コプラナーPXB)が検出される[6]など,次々を新たな汚染が明らかになり,とても目を離せる状況ではない。
 2003年のヒトゲノム解読完了や近年のタンパク質構造研究の進展,RNAの新しい働きの発見など,人間はまだ複雑極まりない生命体の仕組みを解明している途上にあり,自然界に存在していなかった合成物質の影響を完全に予測するのは難しいと言える。特に胎児性水俣病を戒めとすべき発生・成長段階にある乳胎児への影響の究明は急を要しており,各国で行われている大規模なコホート研究[7]の成果なども注目しながら幅広い分野での取り組みに期待したい。またそれと同時に人や野生生物に対する合成化学物質との無用な接触を無くしていく努力が進められるべきであるのは当然のことである。  2007年6月に施行された欧州のREACH(化学物質の登録、評価、認可及び制限に関する規則)の第57条fには内分泌かく乱化学物質も検討対象であることを明記されている[8]。これらの新しい動向や,上述のような汚染実態・研究経過をウェブ上で統合的に紹介し,エントロピー環境論とともに広く認識してもらうことは極めて重要と考えるものである。

図1 環境問題を図で説明する例として甲状腺ホルモン(チロキシン,T4)と受容体の構造例PDB 1Y0Xより[11,12];ヨウ素剤と甲状腺がんの関係を明示.

3. まとめとして
 最初は他の野生生物と同じように草木など天然物の中に含まれている化合物を試行錯誤で利用してきた人間は,科学技術の発達でその有効成分の分子構造を明らかにした上で,石油という本来は生態環境から「隔離され隠されているもの」などを原料にして化学合成によりそれと同じ分子や新規分子を利用するまでになっている。
 さらにやはり「隔離されたもの」であるウラン鉱石から原子力を利用する,つまり自然界の4つの力(重力,電磁気力,弱い力,強い力)のうち私たちの生きている重力・電磁気力が中心の地球環境においてはほとんど隔離されていた「強い力」(核力)を身近に置くに至ったと言える。
 このような長い時間をかけてゆっくり築き上げられてきた生物の世界にとって,あまりに急激な変化が及ぼしている影響は思っている以上に深刻なものと考えるべきだろう。  エントロピー環境論という言葉は知らなくとも,その考え方はすでに広く流布していると言える[9,10]。さらにそれを広める上で,今後もより多くの研究者や市民によるウェブ上での情報発信は貴重な役割を果たしていくと考える。



「生活環境化学の部屋」ホームページ(筆者のWebサイト)